つげ義春旅写真

篠栗霊場−5 福岡県(1970年10月・1972年1月)








  四国霊場は寺も立派で管理が行き届き整然としているが、篠栗は雑然としている。開創は天保六年(1836)と新しいので、まだ発展途上のせいなのか。本四国も開創当時はこのようであったのではないかと類推すると、篠栗は本四国の原型をみせているようで興味深い。
 雑然とした野趣に満ちた解放空間を遊行することは、人間性を疎外する息苦しい管理社会のありかたを問い直す契機にもなるのではないだろうか。世界的にも巡礼が盛んになってきているようで、ヨーロッパでは若者が増えてきているという。堕落した宗教には関係なく遊行そのものが目的になっている傾向にあるそうだ。そうした動向を「番外」を志向する無意識の現れとみるのは大袈裟にすぎるだろうか。

  ここに収めた写真は36年前のもの。現在は道路も整備され、寺院も24寺に増えだいぶ様子が変わってきていると、今年(2006年)1月に取材に行ってきたルポライターの知人に聞いた。変わるのは当然としても、僧侶が増え管理化されるようになると「うっとうしいなあ」と思わずにいられない。
                              (篠栗霊場・完)

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