つげ義春旅写真

篠栗霊場−4 福岡県(1970年10月・1972年1月)

 篠栗霊場で最も印象に残ったのが27番近くの番外「御手洗滝」だった。番外というと網走番外地を連想する。
 社会の枠組みから排除され、実際に存在しながら存在しないとみなされた存在とはややこしいものだ。フト自分も番外者になってみたいものだ、などとあらぬことを思ってしまった。誰にも認められず、どこにも帰属しない存在とは、無意味、無価値、無目的、無根拠ということになり、それこそ<存在>の実相といえるのではないだろうか。
 堂守の婆さんは祈祷で病気治しなどしながら細ぼそと暮しているのだった。(料金は小箱に十円や百円玉を投げ入れるていど)篠栗を二度も訪れたのは、この番外に魅せられてのことだった。 

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