つげ義春旅写真

2−会田宿(長野県)

 3年後、1971(昭和46)年、瀬戸内の海路の宿場、室津を訪ね、ついでに中仙道へ回り、妻籠宿、奈良井宿、藪原宿を見物し、さらに会田、青柳、二度目の麻績を巡った。
 このときは結婚などしてしまったため妻を同伴し、松本から旧善光寺街道をバスで行った。会田の一つ手前に刈谷原宿があったが、そこは通過した。会田宿と次の青柳宿は資料もなく、写真を見たことがなく失望するかと心配していたけれど、よく旧態をとどめていた。
 会田は西の方から善光寺へ向かう旅人で、かなりにぎわっていたという。人家も多いけれど、旧宿場としての一角は、急坂の一本道に家並みを形成し規模は小さい。丁度、道路の工事中でごった返していて、ゆっくり見物することができず、せめて一週間ほど前だったら、昔のままの雰囲気を味わうことができたはずで、残念でならなかった。
 街道に詳しい高野慎三氏の写真集『郷愁』を見ると、1979年の会田宿が写されているが、道はきれいに舗装されていた。
 この会田宿には、菅江真澄も伊那谷から善光寺詣りの途中一泊している。そして翌日は宿場の坂道を登り山越えをして次の青柳宿に立ち寄り、さらに麻績宿にも足をのばしている。(次回に続く)

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