渋谷迷宮

恵比寿地球座

イメージ恵比寿銀座入口 恵比寿に毎週のように出かけていたのは50年代だったろうか。大坂上から外国大使館が居並ぶ旧山手通りを抜けると恵比寿である。恵比寿には何軒かの映画館があった。当時、渋谷にも20数館の映画館があったから、わざわざ恵比寿にまで出かける必要はないように思えるが、「見たい映画は見たい時に見ないと」意味をなさない。というか、じつは入場料金の問題だ。年間200本以上をクリアーするためには、封切りは望めない。二番館、三番館を活用するしかないことになる。
イメージ右手側・元地球座  恵比寿の映画館は、すべて二番館、三番館だった。恵比寿地球座は、駅前の恵比寿銀座のアーケードをくぐった左側、路地の奥にあった。現在のパチンコ屋の後ろあたりだったろうか。代官山方向から歩いていくと、路地につぐ路地という感じである。地球座は、アメリカ映画専門であった。西部劇、海賊もの、十字軍もの、恋愛もの、スリラーもの等々、ハリウッド映画がなんでも揃っていた。しかも二本立てで低料金である。土曜日、日曜日となれば、超満員だ。いまのような入替え制ではないから、席を取るには命がけで、子どもにとってはなおさらである。遠くから空いた席に向けて帽子を投げたり、投げ返されたリだ。
イメージ洒落たラブホテル街 地球座の特徴は、なんといっても米兵が多かったことである。近くの丘の上に旧日本海軍の研究所があったが、米占領軍に撤収された。そこの米兵が休日にやってきていたのだ。ジェリー・ルイスやアボット・コステロの喜劇映画になると、字幕が出る前に手足をバタバタさせて笑い転げていた。それが羨ましかったが、大勢の米兵に挟まれて楽しんでいることが心地よくもあった。
  地球座の裏がいちだんと怪し気で、洋風なワンピース姿の日本人女性が目にとまった。米兵と連れ立った女性もいて、そのあたりはいかにも「外国風」が漂っていた。いまは、洒落たラブホテルが並んでいる。山手線に沿った通りには、エビス本庄という映画館があった。ここも三番館だが、フランスやイタリアの名画を専門としていた。だからというか、地球座からそう遠くはなかったが、米兵はほとんどこなかった。三本立て、四本立てのことも多かったが、あるとき「フランス恋愛映画七本立て大会」というのを催した。朝8時から夜の9時までだ。もちろん見逃すことはあるはずもない。「死の接吻」という映画でアヌーク・エーメの美しさを知った。現在は、スーパーマ−ケットである。
イメージホンモノの恵比寿  恵比寿にあまり出かけなくなったのは、レンガ造りのエビスビールの工場がなくなり、風景が一変したからである。その跡地にゼネコンと結託した地方都市を彷佛させる恵比寿ガーデンプレイスという空間が出現したが関心がもてない。そういえば、占領軍がいた広大な丘は、返還後に防衛庁技術研究所となった。占領軍がいたころは、わりと自由に見学させてくれたらしいが、いまや軍事機密の砦とあって人々を近付けさせない。

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