観光地盛衰記

上野原

イメージ上野原駅前・旅館跡 かつて、上野原は河岸段丘の上に形成された大きな宿場町であった。段丘の真下を流れる桂川に沿った中央線の上野原駅からは、背後の丘の上に宿場町があったなど想像もつかない。むしろ、目をひくのはホームの真上に見上げられる旅館の建物である。高い崖の中腹に三、四軒が桂川を前にして並んでいた。「展望風呂」と掲げた旅館もあった。
イメージ展望台のあった旅館 それらの旅館がいちばん繁盛したのは、やはり「昭和」の十年前後だったのだろうか。展望風呂に入ったあと、夕涼みしながら目の前に広がる桂川の眺望を楽しむ、といった風流がそのころの「上流階級」の流行であった。もちろん、そこに桂川での釣り遊びや船遊びを加えてもいいだろう。そして、そんな情景は、戦後も見られなくはなかった。眺望の宿は、釣り人や新緑を求めてやってきた人たちにちょっとした高級感を感じさせたにちがいない。
イメージ上野原宿跡 だが、いつのころからか上野原という町の名をあまり耳にしなくなった。観光地というほどの強いイメージがあったわけではないが、名物の酒饅頭とともに「展望風呂」は、上野原の名物だった。ところが、最近訪ねてみると、駅前の旅館のいくつかは、廃業していた。
イメージ 名物酒饅頭 そして、宿場跡である町中も廃れていた。いまでは、どこの商店街も閑散としているが、ここも例外ではない。つげ義春のエッセイ「秋山村逃亡行」に登場するラーメン屋も見当たらない。「水商売上がりのようなくずれた感じの」奥さんに会いたいと望んでも、無理というものだ。つげさんもこの春に家族と一緒に上野原を訪ねたそうだが、あまりの変わりようにびっくりしたらしい。「本陣跡もなくなっていてね」とのことだ。ただ、以前から営業している酒饅頭屋が残っていて、ほっとしたようだった。
イメージ上野原から鶴川宿を遠望 つげさんにとっては、上野原は、気持が落ち着く「田舎町」だったのかもしれない。町外れにあったスナックや居酒屋も少なくなったが、宿場時代に大いに栄えた面影が多少は感じられないではない。

(2005年5月22日)

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