観光地盛衰記

塩山温泉

イメージ塩山温泉入口 中央線が開通し、塩山駅が開設されたのは1903年である。以後、駅周辺や秩父街道沿いは、商業地として発展していったが、塩山温泉はたいへん古く、14世紀に発見されたようである。同じ室町期に創建された向嶽寺のうしろには、独立山の「塩ノ山」がある。その東側の麓に源泉がある。温泉となっているが、正確には30 度ほどの鉱泉だ。現在は、8軒ほどが温泉旅館を営んでいるが、廃業した旅館やスナックも目につく。最盛期はもっと多くが営業していたことだろう。
イメージ秩父街道沿いの商店街 しかし、温泉の最盛期がいつか、となるとなかなか確かめようがない。中里介山が小説「大菩薩峠」を発表したのは、1922(大正2)年だったが、このニヒリズムにおおわれた作品は大正末期から絶大な人気を得て、昭和になると大菩薩峠への登山客が急増したという。その大菩薩峠への下車駅が塩山であった。また、紅葉の美しい西沢渓谷への下車駅でもあり、戦後の50 年代における登山・ハイキングブームの時代には、夜が明ける前から駅前は人波でごった返した。
イメージ塩山温泉街 たぶん、登山客やハイカーたちも塩山温泉を多く利用したにちがいない。そしてまた、向嶽寺への参拝客も利用しただろうか。現在も、創業百年を誇る旅館などもあり、温泉地としてなかなかの風情を醸し出しているのだが、それも、温泉地の周辺に「戦前・戦後」という30年代から50年代にかけての情景が残されているからだろう。
イメージ丸石道祖神 だが、さくらんぼ・ぶどう・もも畑が展開する「フルーツ街道」を観光する人々にとって、塩山温泉は「魅力的」とは映らないかも知れない。とはいっても、こうした田舎町こそのんびりと散歩するにふさわしい。旅館の並ぶ裏山に向嶽寺への細い道がある。いまでは誰も通らないようだが、かつては裏参道だっただろうか。草むらや崖の下には江戸期の無数の石像仏が並んでいたりする。甲州独特の丸石道祖神は、温泉街のそこここに見かける。
 

(2005年6月19日)

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