知られざる宿場

小野宿

イメージスズメオドシをつけた旧旅籠  三州街道の小野宿について宮本常一は60年代半ばに「善知鳥(うとう)峠を南に越えたところに小野という大きな集落がある。五万分の一の地形図を見るたびに気になることがひとつあるのだが、まだ下車してしらべたこともなく」と記し、中央線の車窓から写した小野周辺の情景を紹介した(『私の日本地図・上高地付近』)。
イメージ横屋造りの旧旅籠  その後、宮本氏が当地を訪ねたかどうか知らないが、それから十数年過ぎた70年代後半に小野駅に下車してみた。宮本氏は、そこが宿場跡とは記さなかったが、駅から南へ数分歩いたところに見事なまでの宿場の景観が残されていた。
  宿場時代の建物が多く残されていることを知ったのは、民家建築専門の『民家巡礼』という本によってであった。
イメージ文化財に指定された旧本陣問屋や本陣を兼ねた旅籠が現存するとあったのだが、その案内記事自体が60年代初めのものだった。だからほとんど期待もしなかったのだが、目の前には街道を挟んでいくつもの巨大な本棟造りが並んでいた。その多くが江戸の中期から幕末にかけての建物だそうだ。本棟造りだけでなく、格子のある横屋造りなども見かけられ、落ち着いた宿場の雰囲気が感じられた。
イメージ旧問屋跡  それからほぼ十年おきに訪ねてみた。かつて訪れたときは、どこも普通の住居として使用されていたのだが、問屋や脇本陣など豪壮な建物はやがて文化財に指定されたようだった。そして、街道に面した旅籠風のふたつみっつほどの建物は姿を消した。それでも宿場跡の景観をよく保っていると思う。ただ残念なのは、街道筋が国道であるためダンプカーやマイカーが数珠つなぎに疾駆しているさまだ。車の少ない40年前はじつに静かな宿場跡だったので、いずれは「街並み保存」の対象にでもなるのかもしれない、と思ったこともあったのだが…。
イメージ昔のままの高札場 天明年間に菅江真澄は『小野のふるさと』という紀行文を著している。宮本氏が小野に関心を抱いたのも、菅江真澄を通してであるらしいが、宿場跡の景観は60年代からそれほど変化はしていないのだろう。杉玉を吊るした宿場はずれの造り酒屋は、いぜんは人影もまったくなくひっそりしていたが、現在は名酒「夜明け前」を造っていた。 


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