北冬書房 出版案内

> 最新ニュース

山下耕作監督「関の弥太っぺ」

 長谷川伸に代表される股旅小説や股旅映画が大衆社会に浸透したのは1930年代、いわゆる昭和初頭であった。とくに歌舞伎役者の六代目菊五郎が演じた長谷川原作の「瞼の母」「関の弥太っぺ」「沓掛時次郎」「一本刀土俵入り」は、歌舞伎以上の名演として後世に伝えられた。そして、長谷川の股旅ものはそれ以外の作品も含めて相次いで映画化され、また旅芝居として全国津々浦々に及んだ。それは、敗戦後もまったく変わるところがなかった。農業人口は50年代まで日本全体の7割から8割を占めていたと思われる。股旅ものは、ヤクザの出入りが主軸のように映るが、じつはどれもが「農村の物語」であった。同じ作品が繰り返し映画化された理由もそこにあるのだろう。
 山下耕作監督の「関の弥太っぺ」が封切られたのは1963年である。山下の監督デビュー作であった。助監督をつとめた牧口雄二が述懐するように、チーフ助監督の中島貞夫をはじめとしてスタッフ全員がこの作品に全力を傾けた。長谷川の原作は意外にのんびりしていて、ラストも映画とはまったく異なる。しかし、死に縁どられたこの作品は、戦後股旅映画の傑作のひとつといっていい。
 「関の弥太っぺ」のまえに加藤泰の「旅と女と旅鴉」(58年)「瞼の母」(62年)があったが、それ以前、つまり50年代中頃までの股旅映画は、例外なくハッピーエンドであった。30年代のそれも、伊藤大輔など一部の傾向映画を除けば多くはハッピーエンドであったようだ。50年代後半からの股旅映画がハッピーエンドに終らなかったのはなぜだろう。深い断念を抱え込んだ股旅映画に、加藤や山下の戦争体験や戦後体験との格闘を触知してもいいだろうか。そしてまた、山下の「関の弥太っぺ」、加藤の「瞼の母」「遊侠一匹・沓掛時次郎」等の辛口の股旅映画は、中村錦之助という不思議な役者の存在によって可能となったともいえそうだ。 かつて、小説家の高橋和己が語っていたように、静かに風にゆれる紫紅色のムクゲの花の美しさは忘れがたい。
  11月18 日よりシネマヴェーラ渋谷ではじまる「錦之助・橋蔵と東映時代劇の巨匠たち」にて、「「関の弥太っぺ」が11月18 日と23日に上映されます。詳細はシネマヴェーラ渋谷のホームページをご覧下さい(2006/11/15)

イメージ イメージ
イメージ イメージ

トップページに戻る

三村晴彦監督「信長の棺」テレビ朝日で放映

 三村晴彦監督の「信長の棺」(松本幸四郎主演)が11月5日(日)午後9時よりテレビ朝日の日曜洋画劇場特別企画で放映されます。三村監督にとっては二年ぶりの新作に当ります。
出演:松岡昌宏(TOKIO)、中村梅雀、蟹江敬三、夏八木勲、片瀬奈那、他
 三村晴彦監督は、松竹で助監督をへて、1982年に名作「天城越え」(田中裕子主演)で監督デビュー。以後、数々の松竹映画やテレビ作品を手掛けた。助監督時代には、加藤泰監督に師事、「男の顔は履歴書」「阿片台地」「皆殺しの霊歌」「人生劇場」「花と龍」「宮本武蔵」等々の助監督をつとめる。68年に大論争をまきおこした「皆殺しの霊歌」(佐藤允、倍賞千恵子主演)では、脚本を担当した。著書に『天城越えと加藤泰』(北冬書房)がある。

トップページに戻る

あの過ぎ去った紅海洋の時代 文化大革命時代のポスター展

 「万力のある家」から歩いて5〜6分、渋谷松涛公園の裏道を通りっかったところ、「文化大革命のポスター展」と印刷された大きなポスターが目に飛び込んできた。ポスターを掲げた建物が村山知義ゆかりのギャラリーだと知ったのはサイトを覗いてである。
 中国の文化大革命の開始から40年が過ぎたが、いまもってその真実が明らかにされたとはいいがたい。たしかに、これまでに数十册に及ぶ文革関係の書物が刊行された。けれども、まだまだ不十分、と映る。文革による犠牲者が二千万人ともいわれ、毛沢東をはじめ、四人組などの過誤が厳しい批判の対象となった。しかし、文革を批判する現中国共産党すら「犠牲」の真実を公表しない。たとえば、文革当時に反毛派だった紅衛兵組織「5・16兵団」の思想と行動がどのようなものであったのかは、あまり知られていない。ともかく、「忌わしい文革」が語られるばかりのようだ。
 ギャラリーに展示された文革時代の数々のポスターを眺めながら、中・高校生だった紅衛兵は、いま50歳を過ぎただろうかと思った。そして、彼らは現在、文革をどのように捉えているのだろうと。「犠牲者」とは、本来、紅衛兵も含めてのはずだと思われるからだ。ある資料によれば、戦車や銃器を持ち出して紅衛兵同士が主導権争いの死闘を繰り返したとある。未来を信じた明るいポスターの意味するものは深い。
 詳しくはギャラリーTOMのサイトでご確認下さい。
5月13日〜7月2日(10:30〜17:30)入場料600円
6月30日(金)18:30〜 元紅衛兵・唐亜明さんのお話の会 1500円−要予約
(画像は案内ハガキより)

トップページに戻る

映画「ライフ・イズ・ミラクル」

 エミール・クストリッツァの「ライフ・イズ・ミラクル」を見た。クストリッツァは、1954年、ユーゴスラビアのボスニアで生れた。祖国ユーゴの内戦が始まったのは、40歳前だ。そのとき彼は、アメリカで「アリゾナ・ドリーム」を撮影していた。後日、「身を二つに裂かれる思いだった」と語っている。ユーゴ内戦を主題とした寓話劇「アンダーグラウンド」は、西側から「セルビア支持者」と糾弾され、監督引退まで宣言した。「ジプシーのとき」「黒猫・白猫」「スーパー8」、いずれもユーゴ育ちらしい見事な作品である。その皮肉と諧謔こそが持ち味といっていいが、ユーゴ内戦を背景とした今回も、西側や国連軍が、これでもかと皮肉られていて痛快だ。85年の「パパは出張中」の主人公は、スターリン支持者ゆえに反体制派として逮捕され収容所送りとなる(つまり、出張中というわけだ)。ところが、仲間と収容所を抜け出し、トラックで街に出て女性たちと乱痴気騒ぎ。「懐かしきチトー時代」を思わせる映画である。クストリッツァにとって、自主管理社会主義のチトー時代に対して愛憎半ばする思いがあるのだろうか。そして、いつものことだが、スクリーンのセルビア人たちを見ていて安堵するのはなぜだろう。また、彼らの生活には常に音楽がある。悲哀に満ちたものやら、そこら中を暴れながらの陽気なものなど、民族音楽からロックまで、彼らの感情は音楽に直結している。
  今回の映画には「ヒロシマ」ということばが3〜4回でてくる。「ヒロシマ以後、論理なんてない!」というセリフは、どういう意味を含んでいるのか。かつて、アラン・レネは「24時間の情事」で、日本人に向って「あなたは本当にヒロシマをみたのか?」と詰問したが、クストリッツァはどうなのだろう。(2005/8/5)

「ライフ・イズ・ミラクル」はシネスイッチ銀座 で上映中です。また「ライフイズミラクル」公式サイトもあります。(画像はパンフより)

トップページに戻る