山水巡礼

当尾の石仏

イメージ岩船寺イメージわらい仏 ひと月まえの12月初旬に浄瑠璃寺や岩船寺を訪れた。すでに紅葉は終りと諦めていたら、昨秋はだいぶ遅れたとかでどこも真っ盛りであった。浄瑠璃寺から岩船寺まで、あるいはその逆をたどるコースはこれまで5〜6度ほど経験していた。最初は40年以上も昔だ。浄瑠璃寺口のバス停から片道5キロ、往復10キロの道のりだが、田圃の中に、林の中に、岩陰にと、鎌倉時代から南北朝にかけてのいくつもの石仏を探し当てながらのハイキングはなかなかの趣きがある。
  山道の途中には、近くで採れた野菜や果物をビニール袋に入れて吊るした無人スタンドがいくらでもあった。どれもひと袋百円だ。かつては、堀辰雄の「浄瑠璃寺の春」を読んだ女子学生や古寺巡礼を楽しむ青年たちで山道が賑わっていたからだ。
イメージ からすの壺二尊  採れたばかりの大きなたけのこが三本も入って百円、それを加藤泰監督に「おみやげ」として下げていったこともあった。大根や白菜や柿を朽ちた吊るし台に下げた光景はひとつの風物詩であった。ところが、車が主流となった現在、歩く人は少ない。道ばたに倒れたままのスタンドがあちこちに見られる。険しい山道に車は入れないから、車利用の観光客は、寺々をさっさとまわっておしまい。いまも野菜はひと袋百円であるが、車が激しく行き交う広い道路きわの有人スタンドでしか見かけない。そこには最早、風物詩のかけらもない。 
イメージ大門の仏谷
 見事な紅葉に恵まれた連休にもかかわらず、浄瑠璃寺も老人たちの十数名を数えるだけだ。そして、雑草に覆われたぬかるみの奥にある6メートルに及ぶ「大門の石谷」にまで足を向けるひとはほとんどいない。
イメージ浄瑠璃寺 浄瑠璃寺で思い出すことがある。70年前後だったと思うが、「ベトナム反戦」をしきりと訴えていた。いまも「九条を守る」ための活動をしているようだ。近くにはゴルフ場もできたようで、自然を破壊する「高速道路反対」の署名簿が入口に置かれていた。もちろん、平安期の九体の阿弥陀仏の重厚な美しさを忘れてはならないが…。


〈山水巡礼〉一覧に戻る

トップページに戻る