山水巡礼

大多喜

イメージ洋品店
イメージ古い建物がギャラリーに
 十数年ぶりで房総の大多喜を訪ねた。かつては城下町だったというが、その面影はすでにない。埼玉の川越市や栃木の栃木市を真似てか「小江戸」を宣伝しているけれど、昔ながらの家屋は数えるほどだ。したがって、新しく町家を復元して雰囲気を出そうと躍起である。だが、駅前の公立の観光案内所は休館だし、近くの鉄道博物館も整備中だし、これでは夏休みを利用して訪ねる観光客は戸惑うばかりである。
 メインストリートを歩く人影はまったく見当たらないが、ところどころ趣のある建物に遭遇する。といっても、「小江戸」とは無関係だ。現在も営業している洋品店、ギャラリーとなったもと郵便局らしき建物、バーかレストランであったかの建物など、大正から昭和にかけての匂いが伝わってくる。ほかにもあちこちにそうした情感を残す町家は残っているけれど、たぶん、「小江戸」にとっては無価値に等しいだろう。
イメージ 寿恵比楼旅館  さて、大多喜はつげ義春作品にとっては重要な町だ。「不思議な絵」「沼」「初茸狩り」「西部田村事件」等々の傑作が生まれるきっかけとなった寿恵比楼旅館が存在するからである。存在するといっても、十年ほどまえに宿のご主人が他界したため、その後は休業のままだ。久しぶりに訪ねてみると、息子さんのつれあいのお母さんが雑草におおわれた庭を掃除していた。彼女から、宿を営んでいたご主人のこと、その奥さんのこと、そして先代のご夫婦のことなどなど、寿恵比楼旅館の「歴史」を聞きながら、同じ房総を舞台とした「庶民御宿」のことまで想起した。
イメージ営業中の大屋旅館イメージレトロな雰囲気の建物 つげ作品「リアリズムの宿」で描かれた東北の商人宿のモデルも、じつは大多喜に存在する。寿恵比楼旅館に近い、その「大屋旅館」は、いまもつげさんが描写した当時のままであり、そして営業中でもある。
 ところで、町外れの城跡には大多喜のシンボルとしての天守閣が望めるが、戦国時代から幕末にいたるまで天守閣が存在したことはなかった。いわば、それは町おこしのための「宣伝用モニュメント」といったものだろう


〈山水巡礼〉一覧に戻る

トップページに戻る