
幕末残酷物語の撮影風景 加藤泰監督が鬼籍に入られたのは、1985年6月17日だった。それからちょうど20年が経過したことになる。だが、「20年も経過した」という実感はない。昨秋、映画館「ラピュタ阿佐ヶ谷」で「加藤泰の世界−憤怒と抒情」と題して数々の作品が上映されたとき、没後20年を意識したわけではないが、ほんの少しだけお手伝いした。そのとき、加藤作品を上映中の「ラピュタ阿佐ヶ谷」での頒布を目的として三村晴彦監督の『「天城越え」と加藤泰』(北冬書房)という120ページほどの冊子を刊行した。
三村監督は松竹の助監督時代に、どの加藤作品にもついていたからである。本書には、現場における助監督の目を通して加藤泰の姿がヴィヴィッドに活写されたが、その本をつくる際、三村監督には十数年ぶりに再会した。そのとき、ふたりとも加藤監督が他界されてから20年近くもが過ぎ去ったという感覚をもてなかった。たぶん、三村監督にとっても、そして、私たちにとっても、加藤監督との思い出は、どれも「昨日の出来事」であったからだろう。
『「天城越え」と加藤泰』からは、映画「人生劇場」のときの加藤監督の様子がかなり詳しく伝えられ、興味深い。ところで、最後の作品となった「炎のごとく」は、いわば、独立プロ制作であったため三村監督は参加していない。しかし、松竹作品ではいつもコンビを組んでいたカメラマンの丸山恵司氏が参加した。京都における「炎のごとく」の撮影を何度か見学しているが、撮影時に丸山カメラマンから、そして、加藤監督からも「撮影秘話」を聞かされた。「人生劇場」についての三村日誌を読みながら、「炎のごとく」の撮影を思い出したのである。
「炎のごとく」は、維新前夜の京都が舞台である。主人公は、菅原文太が演ずる会津の小鉄というヤクザである。ストーリーは、実在した小鉄の半生記ということになるが、討幕派や新撰組が登場するアクション時代劇といっていい。あるシーンで小鉄を含めての大乱闘が展開された。エキストラが数十人と参加した。エキストラ諸君は、ほとんどが京都の大学生である。みな着流しで、腰には長脇差をさしていて、それなりに若い博徒のいでたちではある。ところが、早朝からテスト、テストを繰り返しても、進展はない。監督は、「なんですか! 諸君は明治維新もよく知らん? 今日は撮影中止ですな」と断言し、撮影現場にエキストラ全員を座らせ、「明治維新とはなんであったか」の加藤講義がはじまったそうである。
丸山カメラマン「いやあ驚きました。いままでも驚くことはたくさんありましたが、撮影日数が限られているのにまる一日休んでの講義とは」と。つまり、監督は、エキストラの学生の演技に、というより存在感に不安を感じたのだろう。あなたはどうして新撰組に入隊したのですか、あなたはどこの藩を脱藩したのですか、あなたはこんなとき博打うちをしていていいのですか、という疑問提出である。エキストラひとりひとりに自らの存在を問いかけたのである。「あなたはどこからやってきたのですか?」という監督の質問に、「学生アルバイトとしてエキストラに参加しました」という珍妙な回答もあったそうだが、監督が伝えたかったのは、内乱の時代を生きた若者たちの緊張感というものだったろうか。
会津小鉄の墓(京都・黒谷) その翌朝の撮影時、丸山カメラマンから「いやー、昨日とはぜんぜん違いますよ。ただ刀を手にしてるだけじゃないですから。エキストラといえども今日は殺気があります。一日つぶしましたけど無駄ではなかったようです」と聞きましたけど、と遠くでパイプをくわえたまま撮影準備をながめている監督に話を向けると、「ほう、丸さんそんなこといってましたか」というだけであった。そして、「今日は若いみなさんたいへん頑張っていますよ」といって微笑んだ。
加藤泰は、完璧主義者ではない。それは、間に合わなければ、チーフ助監督にA班、セカンド助監督にB班の監督としてふるまうよう要求することでも理解されよう。けっして自らを絶対視することはない。したがって、B班が撮った映像が加藤演出と完全に重ならなかったとしても意に解さない。「一生懸命やっていただきました。なかなかいいんじゃないですか」というばかりなのだ。それは、他者への絶対的な信頼感があるからでもあろうが、それとはべつに深い意味での「テーマ主義」が基底に流れているからでもある。
「一本のタバコ、一杯の酒、一碗の飯にはじまる行住坐臥、衣食住のピンからキリに至るまで、必ず何らかの形で『政治』に繋がっている」「どうしても映画に『政治』を登場させたかったら、是非とも庶民とのかかわりあいにおいてそれをして欲しい」(『加藤泰の映画世界』北冬書房より)ということになろう。そして、加藤泰映画の語りつがれる抒情的シーンもまた、政治=生活という認識から導きだされた結果であるだろうか。
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